吉田松陰 辞世の句 親思ふ心にまさる‥




吉田松陰 辞世の句 親思ふ 心にまさる

吉田 松陰は、武士(長州藩士)、思想家、教育者。
山鹿流兵学師範。一般的に明治維新の精神的指導者・
理論者・倒幕論者として知られる。私塾「松下村塾」で、
後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に
思想的影響を与えました。

そんな吉田 松陰には辞世の句がいくつかあるとされています。

吉田松陰 辞世の句

「親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」


吉田松陰 [ 川口雅昭 ]

吉田松陰 [ 川口雅昭 ]

没後一五〇年たった今も、
人々を感奮させてやまない幕末維新の志士。

松陰が生まれていなかったら、
この国はどうなっていたのか?

18歳から約40年松陰研究に身を捧げた
著者がおくる“吉田松陰伝”の決定版。


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日本人の忖度と惻隠の情とは

いま、日本人の惻隠の情が失われていると‥(藤原雅彦さん)
「惻隠の情」というのは、中国の古典である
孟子の言葉から来ているのですね。「子供が井戸に落ちそうになっていれば、危ないと思わず手を差し延べたり
助けに行こうとする」人として忍びずの気持ち・心は、
人間皆生まれ持ったものであり本来そうした気持ちが備わっているはずだと
孟子は言うのです。そして、武士道の教えの中に示されている、
平たく言えば思い遣る心。
哀れに思う気持ち。可哀想であると感じる心持ち。心に太陽を持て そして、唇に歌を楽観的になれ!

日本人の誇り (文春新書) [ 藤原正彦 ]

危機に立たされた日本は、今こそ「自立」と「誇り」を
回復するために何をすべきなのか?
『国家の品格』の著者による渾身の提言。

「個より公、金より徳、競争より和」を重んじる
日本国民の精神性は、文明史上、世界に冠たる尊きものだった。

しかし戦後日本は、その自信をなぜ失ったのか?

幕末の開国から昭和の敗戦に至る歴史を徹底検証し、

国難の時代を生きる日本人に誇りと自信を与える、

現代人必読の書。

男の覚悟 [ 安藤昇 ]

自叙伝的人間学、男の究極の力は「覚悟」にある。

[目次]

器量/安藤組/出自/遊郭/不良/満州/ナンパ/ケンカ/上官/矜持/
惻隠の情/餓狼/覚悟/顔/飽食/女/クルマ/談判/拉致/逃亡/
懲役/解散/転身/信・義・耐/言行一致

[著者情報]

安藤昇(アンドウノボル)
大正15(1926)年5月24日、東京都生まれ。
特攻隊から復員後、昭和20年代後半に安藤組を結成、渋谷を本拠とする。
33年、横井英樹襲撃事件で服役。出所した39年暮れに安藤組を解散。
40年、俳優として映画デビュー。主演作だけで58本を数える。
現在は作家、映画プロデューサーとして活躍中

藤原正彦、美子のぶらり歴史散歩 (文春文庫) [ 藤原正彦 ]

藤原正彦、美子のぶらり歴史散歩 (文春文庫) [ 藤原正彦 ]

街をゆっくり歩けば、いたるところで歴史の痕跡と出会う。
隣り合う東郷平八郎と山本五十六の墓、パリで出会い日本でも隣組だった
藤田嗣治と島崎藤村、今も残る引き出しのないマッカーサーの執務机…。
藤原教授夫妻と多磨霊園、番町、本郷、皇居周辺、護国寺、鎌倉、
諏訪を歩き、日本の歴史に出会うちょっと知的な散歩日和。

藤原正彦(フジワラマサヒコ)
数学者、作家。1943年旧満州生まれ。東京大学理学部数学科卒、
同大学院修士課程修了。理学博士。米英の大学、お茶の水女子大学で研究、
教育に携わった後、現在は同大学名誉教授。著書に『若き数学者のアメリカ』
(日本エッセイスト・クラブ賞)、『名著講義』(文藝春秋読者賞)など

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忖度(そんたく)とは、使い方

忖度(そんたく)は、他人の心情を推し量ること、
また、推し量って相手に配慮することで、「忖」「度」いずれの文字も
「はかる」の意味を含みます。

2017年に表面化した森友学園問題と加計学園問題に際して用いられたことで、
流行語として広く知れ渡ることとなりました。

忖度(そんたく)の使い方・例文(安倍首相)

安倍首相は、「権限のある人間が知らなかったら
忖度する余地はない」という表現をしています。

まとめと関連情報

⇒ 年の瀬や水の流れと人の身は‥ 大高源吾(辞世の句)
⇒ 元禄15年は西暦1702年です
⇒ 大石内蔵助良雄 辞世の句
⇒ 吉田松陰 辞世の句 親思ふ心にまさる‥

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