辞世の句

辞世の句

心しらぬ人は何とも言はばいへ‥明智光秀(辞世の句)

心しらぬ人は何とも言はばいへ‥明智光秀(辞世の句) 明智光秀の辞世の句は以下の2つあるといわれています。 心しらぬ人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ名をも惜まじ ‥ 順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元...
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世の中の 役を逃れて もとのまゝ‥曲亭馬琴(辞世の句)

世の中の 役を逃れて もとのまゝ‥(曲亭馬琴 辞世の句) 曲亭 馬琴(きょくてい ばきん)とは 明和4年6月9日(1767年7月4日) - 嘉永元年11月6日(1848年12月1日) 江戸時代後期の読本作者。本名は滝沢興邦(たきざ...
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悲と魂でゆくきさんじや夏の原‥北斎(辞世の句)

悲と魂でゆくきさんじや夏の原‥北斎(辞世の句) 江戸時代後期の浮世絵師、化政文化を代表する一人、葛飾 北斎(かつしか ほくさい)は、嘉永2年4月18日〈1849年5月10日〉、卒寿(90歳)にて臨終を迎えたようです。 翁死に臨み、大...
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浮世の月見過ごしにけり末二年‥井原西鶴 辞世の句

浮世の月見過ごしにけり末二年(辞世の句) 「辞世、人間五十年の究り、それさへ我にはあまりたるに、ましてや」と詞書あり。 ‥ 浮世の月 見過ごしにけり 末二年 (井原西鶴) (うきよのつき みすごしにけり すえにねん) ‥ ●...
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風さそう花よりもなほ我はまた‥浅野長矩 辞世の句

浅野長矩 辞世の句 ‥ 風さそう花よりもなほ我はまた 春の名残をいかにとやせむ ‥ 長矩は播州赤穂藩の藩主、長友の嫡子として生まれ、延宝三年(1675年)三月にわずか9歳で父の後を継いで藩主となりました。江戸城、松の廊下における...
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願はくは花の下にて春死なむ‥西行(辞世の句)

西行の辞世の句 願わくは花のしたにて春死なん‥ 平安時代の末期、1118年に生まれた西行は、佐藤義清という俗名で鳥羽法皇の北面の武士として仕えていたにもかかわらず、1140年に23歳の若さで出家しました。 出家後は、慣れ親しんでいた...
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吉田松陰 辞世の句 親思ふ心にまさる‥

吉田松陰 辞世の句 親思ふ 心にまさる 吉田 松陰は、武士(長州藩士)、思想家、教育者。 山鹿流兵学師範。一般的に明治維新の精神的指導者・ 理論者・倒幕論者として知られる。私塾「松下村塾」で、 後の明治維新で重要...
豆知識

年の瀬や水の流れと人の身は‥ 大高源吾(辞世の句)

大高源吾(忠雄)とは 赤穂浪士四十七士の一人、大高源吾(子葉)とは‥ そもそも大高源吾とはどのような人物だったのでしょうか? Wikiによれば、大高 忠雄(おおたか ただお、寛文12年(1672年)-元禄16年2月4日(17...