双葉山の名言、「我はまだ木鶏たりえず」:小倉で働く次長さんの後楽

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双葉山の名言、「我はまだ木鶏たりえず」
第35代横綱 双葉山
安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言

双葉山の名言、「我はまだ木鶏たりえず」

以前に書き留めておけばよかったと思いながら、
検索すると、以外に、簡単に見つかってしまった。
いやはや、ネットの時代である。

それが、双葉山の名言、「我はまだ木鶏たりえず」

ネット検索では、会ったこともない
昔の人の画像にYoutubeで逢うことも可能なのだ、

すばらしい。

ところで、

この木鶏という言葉は、「荘子」にでてくる
「木鶏の教訓」という挿話だそうで、
人間が虚心無我になったときに最も強くなると
いうことを伝えています。

紀?子(きせいし)、王のために闘鶏(とうけい)を養う。
十日にして、問う、「鶏すでにするか」。

曰く,「いまだし。まさに虚?(きょうきょう)にして
気を恃(たの)む」。

十日にしてまた問う。
曰く、「いまだし。なお嚮景(きょうえい)に応ず」。

十日にしてまた問う。
曰く、「いまだし。なお疾視(しっし)して気を盛んにす」。

十日にしてまた問う。
曰く、「幾(ちか)し。鶏、鳴くものありといえども、
すでに変ずることなし。

これを望むに木鶏に似たり。その徳全(まった)し。
異鶏(いけい)あえて応ずるものなく、返り去らん」。

この木鶏という言葉はスポーツ選手に使用されることが多く、
特に日本の格闘技(相撲・剣道・柔道)選手が好んで使用する。

横綱双葉山は、連勝が69で止まった時、
「未だ木鶏たりえず」と安岡 正篤に打電したという
エピソードがあるそうで、これを踏まえて横綱白鵬は、
連勝が63でとまった時に支度部屋で
「いまだ木鶏たりえず、だな」と語ったか。

ちょっとした、他人の言葉に、
顔がわずかでも、曇るようでは、
遠く、及ばない、と感じています。

ポーカーフェイスとよく言いますが、
これが、できるようになると、
一歩、虚心無我に近づけたような
気がするのですが‥。




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第35代横綱 双葉山

双葉山 定次(ふたばやま さだじ、1912年2月9日 - 1968年12月16日)

大分県宇佐郡天津村布津部(現:大分県宇佐市下庄)出身の
元大相撲力士。第35代横綱。本名は龝吉 定次(あきよし さだじ)。

最高位  第35代横綱
生涯戦歴 348勝116敗1分33休(51場所)
幕内戦歴 276勝68敗1分33休(31場所)
優勝  幕内最高優勝12回

 

 


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安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言

六中観 [正篤 ]

忙中 閑有り。 苦中 楽有り。
死中 活有り。 壺中 天有り。
意中 人有り。 腹中 書有り。

甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す
亀井老契 座右

「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、
如何なる場合も決して絶望したり、
仕事に負けたり、屈託したり、
精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。

安岡 正篤(やすおか まさひろ)
1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)
陽明学者・思想家。
安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、
三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など
多くの財界人をも指南していたとされる。
終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の
詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから
皇室からも厚い信頼を受けていた。
数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが
安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。

安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う



⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集


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