新年の解
新という字を知らぬ者はない。然し新という字の
真の意味を解する人は案外少い。元来この字は
「辛」と「木」と「斤」との組合せである。
辛は努力を意味し、斤は木を斬る「まさかり」、
「大をの」であり、これで木をきること、それから
「斤斤」といえば明らかに見わける、又いつくしむ
(慈愛)の意がある。即ちよく木を愛し育て、それを
努力して加工し、新──あらたなものにして活用する
ということを表すものである。こんな深い正しい
意味を知らないで「あたらしがりや」など、目先の変った、
ものめずらしいということに軽々しく解するのは、
とんでもないことである。本当に新しくするのには
大した用意と努力を要するわけで、新人などざらに
あるものではない。年の始に勉強せねばならぬことは、
先以って自己をどう維新するかということである。
*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言
六中観 [正篤 ]
忙中 閑有り。 苦中 楽有り。
死中 活有り。 壺中 天有り。
意中 人有り。 腹中 書有り。
甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す
亀井老契 座右
「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、
如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、
精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。
安岡 正篤(やすおか まさひろ)
1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)
陽明学者・思想家。
安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、
三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など
多くの財界人をも指南していたとされる。
終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し
原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。
数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから
「昭和最大の黒幕」と評される。
まとめ
寸言こそ人を感奮興起させるーと安岡 正篤先生はよく言われていました。
家貧にして未だこれ貧ならず
道貧にして人を愁殺(しゅうさつ)す
家の貧しいのはまだ本当の貧ではない。道を求心が心がなくなったときが本当に憂うべき貧しさであり、そのときに人は滅ぶということでしょう(以上、あとがきより)。
・安岡 正篤一日一言 年頭自警1月1日
・安岡 正篤一日一言 新鮮1月2日
・安岡 正篤一日一言 機前(1)1月3日
・安岡 正篤一日一言 機前(2)1月4日
・安岡 正篤一日一言 新年の解 1月5日
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