名言

安岡正篤

読書、思索は無心でやるのがよい。安岡正篤一日一言3月16日

無心の読書 読書、思索は無心でやるのがよい。 金剛教にいう「無住心」だ。ためにするところがあると、 折角の読書、思索も害になる。少なくともわずらいとなる。 昔の学生は大部の書を読むことを一つの楽しみと...
安岡正篤

虎関禅師の言葉「古教照心・心照古教」 安岡正篤一日一言3月15日

心・古教を照らす 鎌倉の虎関禅師に「古教照心・心照古教」の言葉がある。 心・古教を照らすことはまだ行うことができる。 心・古教を照らすに到って、真の活学というべきだ。 ※「古教」とは「よい教え」「...
安岡正篤

「乱世の姦雄にして道学の所得ある者」 安岡正篤一日一言3月14日

第一流の人物(2) 程明道は、自分は平生多くの人に接するが「不確」なる者が三人あるとて 張横渠と邵康節と司馬光とを挙げて、 特に邵康節に対して「乱世の姦雄にして道学の所得ある者」と 評している...
安岡正篤

天に通ずる至誠、世を蓋う気概とともに 安岡正篤一日一言3月13日

第一流の人物(1) 第一流の人物はどこか 普通の人の型に嵌まらぬものがなければならぬ。 凡人の測り知れない多面的な変化に富んでいなければならぬ。 天に通ずる至誠、世を蓋う気概とともに 宇...
安岡正篤

四十、五十にして聞こゆるなきは(2)安岡正篤一日一言3月12

四十、五十にして聞こゆるなきは(2) 名を天下に馳せるなどということじゃあえて 自ら欲すべきことではない。 場合によっては親戚・縁者だけの間でもよい。 いい叔父さんさんだよと言われるだけでよろしい。 ...
安岡正篤

四十、五十にして聞こゆるなきは(1)安岡正篤一日一言3月11日

四十、五十にして聞こゆるなきは(1) 世間的にはさして地位や名声がなくても、 いわゆる名士・有名人でなくても、 自らその環境の中で名が聞こえない、 おるのやおらぬのやらさっぱりわからない、 ...
安岡正篤

「知は行の始めなり。行は知の成るなり」 安岡正篤一日一言3月10日

知と行 「知は行の始めなり。行は知の成るなり」 という王陽明の説明がある。 「知」というものは行いの始めである。 「行」というものは「知」の完成である。 これが一つの大きな循環関係をなす...
安岡正篤

何物にも真剣になれず、楽しむことができない。安岡正篤一日一言3月9日

人間の不幸 何物にも真剣になれず、したがって、 何事にも己を忘れることができない。 満足することができない、楽しむことができない。 したがって、常に不平を抱き、不満を持って何か陰口を叩いたり、 ...
安岡正篤

この信念と気節とが国民の新運命を開く鍵である。安岡正篤一日一言3月8日

信念と気節(2) 正義は往々自己の不利に見えることが少なくない。 しかし結局、正義が真の利益である。 自ずから信ずる正義の為に、不利はおろか、 時には死をも辞せぬことが、人間の貴い道徳であ...
安岡正篤

世をあげて利を競うに忙しい。安岡正篤一日一言3月7日

信念と気節(1) 世をあげて利を競うに忙しい。 しかし各自の利害は、いつか、どこかで、必ず衝突する。 これを解決するものはやはり正義である。 正義はどうして決まるのか。 利害の外に立つ、良心...