以て瞑すべし(もってめいすべし) の意味や使い方など

以て瞑すべし(もってめいすべし) の意味や使い方など

時代劇などでときどき耳にする言葉、「以て瞑すべし(もってめいすべし) 」。
この言葉を初めて聞いたのは、忠臣蔵の映画だったと思うのですが、どういう意味なのか全く見当もつきませんでした。でも、全体のストーリーの流れから、おおよその意味を理解していました。

Goo辞書で調べてみると

ここまでできれば、もう死んでもよい。転じて、それで満足すべきである。
使い方として、「全力を尽くしたのだから以て瞑すべきであろう」


ちなみに、瞑する(めいする)とは、以下のように、「心安らかに死ぬ」「往生する」などの意味がありいます。

瞑する(めいする)の意味

1 目をとじる。目をつぶる。また、眠る。「―・して思索にふける」.
2 心安らかに死ぬ。往生する。「以 (もっ) て―・すべし」

 

忠臣蔵と元禄名槍譜俵星玄蕃

三波春夫さん 「元禄名槍譜・俵星玄蕃」の名セリフ


時に元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて
響くは山鹿流陣太鼓、しかも一打ち、二打ち、三流れ、
思わず、はっと立ち上がり、耳を澄ませて、太鼓を数え

 

上野寛永寺の住職の回顧譚

上野寛永寺の住職(一品親王が代々住持であった。)の回顧譚に、「5代将軍綱吉がやってきて、いろいろ事情を説明 してくれるので、これは、私から助命嘆願 して欲しいのだな、と察しがついたが、本物の乱暴者であっては困るので、気づかない振りをしておいた。」 とあるそうです。

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信長の最後の言葉といわれる「是非に及ばず」の意味とは

是非に及ばずとは、仕方がない。やむを得ない。そうするしかない。その物事の善悪を議論する余裕がないということを表現した言葉です。

本能寺の変で自害した織田信長の最期の言葉と言われています。用意周到な明智光秀の謀反ならば仕方ない、という諦めの気持ちとされています。

なにか、「以って瞑すべし」と通じるような語感を覚える言葉です。

まとめと関連情報

時代劇などでときどき耳にする言葉、「以て瞑すべし(もってめいすべし) 」。この言葉の意味や使い方などについて調べてみました。

 

年の瀬や水の流れと人の身は‥ 大高源吾(辞世の句)
時に元禄十五年‥三波春夫さん 「元禄名槍譜・俵星玄蕃」の名セリフ
以て瞑すべし(もってめいすべし) の意味や使い方など

 

 

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