安岡正篤

安岡正篤

悪党と善人(1) 安岡正篤一日一言7月15日

悪党と善人(1) そもそも悪は善より感じが深刻です。善というものは生命の発展に 従うものですから、柔軟な感じです。刺激がない。素直です。 悪というものは生命の本流に抗するもの、逆行するものですから、 ...
安岡正篤

利の客 安岡正篤一日一言7月14日

利の客 史記の中に「利は智をして昏からしむ」と書いている。 人間は利益ばかり追求していると、頭が悪くなるというのである。 物事の理がわからなくなって、思いがけない恨みを招いたりする。 論語に「...
安岡正篤

一言・人を誤る 安岡正篤一日一言7月13日

一言・人を誤る 人間の本当の正しさは、ちょっとした日常の挨拶や振舞にあらわれ、 何でもない行動に、案外人間内容やその背景を知ることができるものです。 これに反して、大層偉そうな大げさなこを言うものは当て...
安岡正篤

いかに生くべきか 安岡正篤一日一言7月12日

いかに生くべきか すべて生きんとする意志は、いうまでもなく人生の原動力である。 然しながら、ただ生きようとするだけではまだ動物的境界に 過ぎない。人格に於いて、始めて如何に生くべきかの内面的要求を ...
安岡正篤

古賀穀堂(3)安岡正篤一日一言7月11日 

古賀穀堂(3) なかなか洒々落々とした所があって、「琴鶴亭の記」という文章を 書いておりますが、何ぞ知らん、穀堂にお琴とお鶴という二人の 愛人がありまして、この二人の名をとって亭の名にする等、 意...
安岡正篤

古賀穀堂(2) 安岡正篤一日一言7月10日

古賀穀堂(2) そこで俺は何になるのだ、何をもって存するのだというと、 これは真の自分になること、自分の信念・学問・信仰に徹することです。 これは大きな見識であります。世間では自分を見失ってしまって...
安岡正篤

古賀穀堂(1) 安岡正篤一日一言7月9日

古賀穀堂(1) 幕末佐賀の名君鍋島閑叟の師古賀穀堂の自警に 「自分は開闢(かいびゃく)以来の第一人になる」の語がある。 大変な天狗と思われるかも知れません。然し違うのです。 それは第一人を「だい」...
安岡正篤

事として通ぜざるなし 安岡正篤一日一言7月8日

事として通ぜざるなし 事物と自己とが一つになることによって、 対象はすなわち自己になる。 自己が昇華するself-sublimationというもので、 そうすると、 どんどん物事が解決していく。 ...
安岡正篤

対心一処  安岡正篤一日一言7月7日

格対心一処 「心を一処に対すれば、事として通ぜざるなし」(「対心一処無事不通」) 名言です。「心に一処に対す」ということが勘どころです。 我々は、今のように自己と仕事というものが分裂していては駄目な...
安岡正篤

格物致知(2) 安岡正篤一日一言7月6日

格物致知(2) 良知の良とは「先天的に具備する創造性を言う。」 人は聖人たると凡人たるとを問わず、一様に道義的世界を 展開すべき先天的徳性を本具している。これが良知である。 これを拡充するのが致で...