安岡正篤

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死後に残るもの 安岡正篤一日一言5月20日

死後に残るもの 一人物の死後に残り、思い出となるのは地位でも財産でも 名誉でもない。こんな人だった。こういう嬉しい所のあった人だという その人自身、言い換えればその人の心・精神・言動である。 このこと...
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 「恩」に生きる 安岡正篤一日一言5月19日

「恩」に生きる 口--環境と、大--人の手足を伸ばした相と、 心より成るものが「恩」の字です。 何のおかげでこのように大きく存在しておるかと思う心が恩を知ることです。 われわれは天地の恩、人間の恩...
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「困」という字は面白い。囲いの中に木を入れてある。安岡正篤一日一言5月18日

入「困」という字 「困」という字は面白い。囲いの中に木を入れてある。 木という物はぐんぐん伸びなければならない。それをこういう所へ 入れてしまったら、これぐらい木の困ることはない。 つまり伸びられない...
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いい年になったら早く後継者にその地位・財産を譲る。安岡正篤一日一言5月17日

入道 富貴の地位、つまり支配的・指導的地位にいつまでもしがみついている ということは芳しからぬことである。いい年になったら早く後継者に その地位・財産を譲って、真実の生活に入るべきものである。 こ...
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人は一つの自然である。 安岡正篤一日一言5月16日

自然訓 一、人は一つの自然である。われわれは自然の如く真実でなければならぬ。 一、自然はすこやか(健)である。われわれも常に怠ることなく努めよう。 一、自然は造化である。われわれもかたくな(固陋)にならず、...
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地蔵さんほど衆生に親しまれているものはない。安岡正篤一日一言5月15日

慈悲の菩薩 私は子供の時からお地蔵さんが好きであった。年をとった今日でも 旅の途次、ふと地蔵像を見かけると、足を停めて拝む。 地蔵さんは釈迦仏没して、弥勒仏のまだ世に出でたまわぬ所謂無仏時代に 現...
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道徳によってはじめて人間は存在する。安岡正篤一日一言5月14日

道徳の本義 道徳というものは、非常に誤解されておりますが、 その本義は、単なる動物的生活ではなくて、意識・精神・霊魂を持った 高級な人間の生命活動を言うのであって、道徳によってはじめて 人間は存在し、生活...
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一国の文明は、その母の文明に本づく 安岡正篤一日一言5月13日

母 明治初期に、儒者としてもクリスチャンとしても、 又教育家文学者として典型的な君子人、中村敬宇に 「母」と題する名文がある。 「一母有り。四才児を携えて一牧師に問うて曰く、 子を教うるは何...
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それは通の為にあらざるなり。安岡正篤一日一言5月12日

学問の目的 それは通の為にあらざるなり。窮して困しまず、憂えて 意衰えざるが為あり。禍福終始を知って惑わざるが為あり。 「荀子」 通とは通達するということです。学問というものは決して ...
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学問を為す要は、いかに喜び、いかに怒り、安岡正篤一日一言5月11日

喜怒哀楽を学ぶ よく人は学問とか修業とかいう事を間違って、 喜怒哀楽をしなくなることだと誤解するが、決してそうではない。 それでは学問・修業というものは非人間的なものになってしまう。 学問を為す要...