安岡正篤

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精神の聖火を燃やす(2) 安岡正篤一日一言9月8日

精神の聖火を燃やす(2) 迂遠(うえん)なようであっても、結局これを覚って、 感憤する者がおのおの真理とその精神の聖火を 燃やすことのほかはない。その聖火の伝わることは 意外に早くかつ強烈である。何人もそ...
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精神の聖火を燃やす(1) 安岡正篤一日一言9月7日

精神の聖火を燃やす(1) 今や日本は明瞭に、個人的にも民族的にも社会的にも 危険状態である。繁栄のように見えて恐ろしい没落に暴走している。 どうしてもこれを救わねばならない。 どうしてこれを救うか...
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中(2) 安岡正篤一日一言9月6日

中(2) 「中」というと、相対するものを結んだその真ん中を 「中」というと考えるが、それは「中」の一番幼稚な段階。 本当の「中」というのは矛盾撞着しているものを 解決して高いところへ進める ...
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中(1) 安岡正篤一日一言9月5日

中(1) 理想と現実との間に分裂、遊離がないというのが、 本当の人間らしい姿である。 ところが人間というものは、どちらかというと現実のほうへいく人と、 どちらかというと、理想のほうへいく人とある。 ...
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体験の根を下す 安岡正篤一日一言9月4日

体験の根を下す 講習講演は知識の漫談であり、学問は概念の漫談である。 かかる雑識は己(おのれ)の人格と何等関係がない。 人生に於(おい)て重要なことは、 体験の根を深く下すことでなければならぬ。 ...
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教育の本源 安岡正篤一日一言9月3日

教育の本源 武道と聖賢の学をやったことで、 昔は二十歳前後で堂々たる人格の骨組を造ったものだ。 今日の青年子弟の教育を、先(ま)ずその繁瑣(はんさ)より 救うことから始めねばならぬ。 ...
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佳書と出会う(2) 安岡正篤一日一言9月2日

佳書と出会う(2) 不幸にして佳人には会わず、佳山佳水に会わずとも、 佳書にだけは会いたいものであります。 佳書によって、我々はしみじみと自分自身に 話すことができるのであります。天地が壊れる時も、 ...
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佳書と出会う(1) 安岡正篤一日一言9月1日

佳書と出会う(1) 佳書とは、それを読むことによって、 我々の呼吸・血液・体液を清くし、精神の鼓動を 昂(たか)めたり、沈着(おちつ)かせたり、 霊魂を神仏に近づけたりする書のことであります。...
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礼 安岡正篤一日一言8月31日

礼 「礼」とは何か。およそ存在するものはすべて なんらかの内容をもっと構成されている。その全体を 構成している部分と部分、部分と全体との 円満な調和と秩序、これを「礼」という。 ...
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擘頭(はくとう) 安岡正篤一日一言8月30日

擘頭(はくとう) 紀綱(きこう)を正し、風俗を革(あらた)むるは、   此(こ)れを擘頭(はくとう)と為(な)す。 学生は学生らしく、社員は社員らしく、 先生は先生らしく、役人は役人らしく...