福沢諭吉はなぜ、学問をすすめたのか?
答えは明白です。
学問のための学問をすすめたわけではありません。
人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、
無学なる者は貧人となり下人となるなり。
まず、冒頭から、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。
されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、
生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる
身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資り、
もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げを
なさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。
中略
諺にいわく、「天は富貴を人に与えずして、
これをその人の働きに与うるものなり」と。
されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして
貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて
物事をよく知る者は貴人となり富人となり、
無学なる者は貧人となり下人となるなり。
中略
されば今、かかる実なき学問はまず次にし、
もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。
福沢諭吉「学問のすすめ」 ビギナーズ 日本の思想
明治維新直後の人々に、諭吉が、新時代にふさわしい学問をおおいにしようと勇気付けた「学問のすすめ」全17編を読みやすい口語訳で掲載。ベストセラーとなりながら、一方で強烈な批判を受けた諭吉が憤然と筆を執った「学問のすすめの評」(現代語訳)、また諭吉の人物像を語る読み物「エピソードからみた福沢諭吉」、略年表、読書案内を加えた。目にやさしい大きな文字で、啓蒙家であり教育家の諭吉の人と思想が理解できる。
人生百年時代に経済的自立を目指す方法とは
人生百年時代の生き方について考えてみた。
一年365日、百年36500日、秒にすると、3000万秒ぐらいか(計算は合っているか?)、わずかに3000万秒である。数えることができる。
「人生二度なし、これ人生における最大最深の真理なり」と、森信三先生もおっしゃている。小中高で、生きるための基本をしっかりと修得するととともに、多くの良書を詠み、先人の知恵を学び、生き方を学ぶ。と同時に、「自分はどう生きたいのか」と自問自答を繰り返す。世の中には、たくさんの実学があり、日々、猛烈な進歩を遂げている。その中で、自分がどうしたいのか?どう生きたいのか、最適解を見つけ出すことが最も重要である。
最適解を見つける基準はなにか? 自分がその道に進んだとして、日々、寝る間も惜しんで楽しめることかどうか?、これにつきる。その対象が、研究かもしれない、モノづくりかもしれない、スポーツかもしれない。どの分野でも、極めれば、貴人となり富人となるだろう。
好きこそ物の上手なれ なのだ。
中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」歌詞
HK総合テレビ「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」のエンディングです。
努力したことが必ず報われるとは限らいない理不尽な世の中ではありますが、見ている人は見ています。
中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」歌詞
作詞:中島みゆき
作曲:中島みゆき
語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ
紛れ散らばる星の名は 忘れられても
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
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おもしろき こともなき世を おもしろく 高杉晋作辞世
慶応3(1867)年4月13日、旧暦だから今の5月中旬、高杉は下関に死す。その臨終に、辞世の歌を書くつもりで、「おもしろき こともなき世を おもしろく」とまでみみずが這うような力のない字で書いた。そこで力が尽き、筆を落としてしまった。
「これに、枕頭にいた野村望東が、『すみなすものは 心なりけり』と下の句を加えてやると、晋作は、『……面白いのう』と微笑し、ふたたび昏睡状態に入り、ほどなく脈が絶えた」というのが司馬遼太郎『世に棲む日々』の高杉臨終の場面である。
まとめ
福沢諭吉はなぜ、学問をすすめたのか?
学問のための学問をすすめたわけではありません。
経済的自立を実践し、貴人・富人になるための実学をすすめたのです。
