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三寒の四温を待てる机かな 石川桂郎

三寒の四温を待てる机かな 石川桂郎

三寒四温とは

三寒四温とは、三日間ぐらい寒い日が続き次の四日間ぐらい暖かく、これが繰り返されることで、中国北部、朝鮮などに顕著な現象です。

石川桂郎(いしかわ けいろう、1909年8月6日 – 1975年11月6日)

東京出身の俳人、随筆家、小説家、編集者。石田波郷に師事、「鶴」「壺」「馬酔木」同人、「風土」主宰。本名は石川一雄。

1955年、小説『妻の温泉』で第32回直木賞候補。1961年、句集『佐渡行』他の業績により第1回俳人協会賞受賞。1974年、『俳人風狂列伝』により第25回読売文学賞(随筆紀行賞)受賞。1975年、句集『高蘆』以後の作品により第9回蛇笏賞受賞。

代表句に「昼蛙どの畦のどこ曲らうか」「うらがへる亀思ふべし鳴けるなり」などがあり、市井での暮らしを滲ませつつ軽妙洒脱な句風。様々な俳人たちの風狂ぶりを描いた読売文学賞受賞作『俳人風狂列伝』がよく知られるが、桂郎自身も酒食と放言を好む風狂の人であった。早くからわずらっていた心臓病に加えて、1956年には肺結核の手術をし、病吟、旅吟を通じて句境を深めた。

蛇笏賞(だこつしょう)とは

蛇笏賞(だこつしょう)は、俳人・飯田蛇笏にちなんで設けられた俳句の賞。前年1月から12月に刊行された句集の中で最も優れたものに与えられる。俳句界では最も権威ある賞とされている。主催は角川文化振興財団(第9回までは角川書店)で、1967年に第1回が行われた。

飯田 蛇笏(いいだ だこつ)とは

(1885年(明治18年)4月26日 – 1962年(昭和37年)10月3日)
山梨県出身の俳人。本名、飯田武治(いいだ たけはる)。高浜虚子に師事、山梨の山村で暮らしつつ格調の高い句を作り、村上鬼城などとともに大正時代における「ホトトギス」隆盛期の代表作家として活躍。俳誌「雲母」を主宰。四男の飯田龍太も俳人であり、飯田家を継ぎ蛇笏の没後に「雲母」主催を継承した。

母の機嫌の三寒四温おもしろき 山田みづえ

山田 みづえ(やまだ みづえ、1926年7月12日 – 2013年5月18日)は、日本の俳人。

    母の機嫌の三寒四温おもしろき 山田みづえ

 

三寒四温の候、読み方や意味(時期)、例文など

三寒四温の候は、「さんかんしおんのこう」と読みます。時候の挨拶としては、2月下旬から3月中旬までが使える時期です(桜が咲く頃には使えません)。以下に例文を示します。

・三寒四温の候、皆様にはお変わりなくお過ごしのこととお喜び申し上げます。
・三寒四温のみぎり、ますます御発展のこととお喜び申し上げます。
・三寒四温の折、皆様には益々のご健勝のほどお喜び申し上げます。

 

まとめと関連情報

鶯の梅に下痢する余寒哉 正岡子規
梅が枝にあれ鶯が鶯が 正岡子規
三寒の四温を待てる机かな 石川桂郎
名月を取ってくれろと泣く子かな‥小林一茶
睦月は何月‥意味や読み方、由来、異名‥

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