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土用っていつなの?夏の土用の丑の日にうなぎを食べるの??

なみ

土用っていつなの?夏の土用の丑の日にうなぎを食べるの??

 

鰻(うなぎ)といえば、『土用の丑の日』と
日本人であれば、まるで、対句のように
言葉がでてくるのですが、

そもそも、土用って?、
いつなの?って疑問、ありますよね

 

土用(どよう)とは、行に由来する暦の雑節(ざっせつ)で
四立(立夏・立秋・立冬・立春)の直前約18日間。
その18日間の中で、干支の「丑年」が12年周期で回ってくるのと同様、
「丑の日」も12日ごとに回ってきます。

なので、

土用の丑の日

2019年(令和元年)であれば、7月27日(土)

2020年(令和2年)は 7月21日
2021年(令和3年)は 7月28日

で、

毎年夏の「土用の丑の日」には、夏バテ解消のために
鰻を食べる習慣を考案した人が、江戸時代の平賀源内さんだとか‥

ただし、奈良時代の貴族・歌人、
大伴家持(おおとものやかもち)が発祥ともいわれているのです。

万葉集で鰻を詠った大伴家持の歌が以下です。

痩(や)す痩すも 生けらばあらむを
将(はた)やはた 鰻(むなぎ)を漁(と)ると 河に流れな
大伴家持  巻16‐3854

石麻呂(いしまろ)に 吾れもの申す
夏痩せに よしといふものぞ 鰻(むなぎ)とり食(め)せ
大伴家持  巻16‐3853

 

というわけで、

なんとも、歴史のある鰻(うなぎ)ということです。

ちなみに、

うなぎの他にも「う」のつく
「うどん」「梅干し」「馬肉」「牛肉」などの
食べものもよしとされています。

さあ、今年は、じっくり焼き上げた浜名湖産うなぎはいかがですか?




 

土用(どよう)とは

土用(どよう)とは、五行に由来する暦の雑節。1年のうち不連続な4つの期間で、四立(立夏・立秋・立冬・立春)の直前約18日間ずつでありますが、俗には、夏の土用(立秋直前)を指すことが多く、夏の土用の丑の日には鰻を食べる習慣がある。各土用の最初の日を土用の入り(どようのいり)と呼び、最後の日は節分となります。

五行(ごぎょう)とは

五行思想(ごぎょうしそう)または五行説(ごぎょうせつ)とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想で、万物は火・水・木・金・土の5種類の元素からなるという説です。この思想の根底には、5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えがあるのです。

五行(ごぎょう)の起源と内容

「五行」という語が経典に現れたのは、『書経』の”甘誓”、”洪範”の章で、五行思想は、戦国時代の陰陽家騶衍(紀元前305年頃 – 紀元前240年頃)が創始しました。陰陽説は五行説と無関係に古くから存在したのに対し、五行説は陰陽説よりも後から出来たので、当初から陰陽説と一体であり、陰陽五行説といわれ、 元素を5つとしたのは、当時中国では5つの惑星が観測されていたためだったともいわれます。

自然現象の四季変化を観察し抽象化された、自然現象、政治体制、占い、医療など様々な分野の背景となる性質、周期、相互作用などを説明する5つの概念である。単に5種の基本要素というだけでなく、変化の中における5種の、状態、運動、過程という捉え方もされる。

木(木行)
木の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となっていて、樹木の成長・発育する様子を表す。「春」の象徴
火(火行)
光り煇く炎が元となっていて、火のような灼熱の性質を表す。「夏」の象徴
土(土行
植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質を表す。「季節の変わり目」の象徴。
金(金行)
土中に光り煇く鉱物・金属が元となっていて、金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表す。収獲の季節「秋」の象徴。
水(水行)
泉から涌き出て流れる水が元となっていて、これを命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す。「冬」の象徴。

四季の変化は五行の推移によって起こると考えられ、また、方角・色など、あらゆる物に五行が配当されている。そこから、四季に対応する五行の色と四季を合わせて、青春、朱夏、白秋、玄冬といった言葉が生まれた。詩人、北原白秋の雅号は秋の白秋にちなんだものである。

雑節(ざっせつ)とは

雑節(ざっせつ)とは、二十四節気・五節句などの暦日のほかに、季節の移り変りをより適確に掴むために設けられた、特別な暦日のことで、一般に雑節と呼ばれるのは、次の9つです。

節分
彼岸
社日
八十八夜
入梅
半夏生
土用
二百十日
二百二十日

 

『土用の丑の日』はいつ?

こちらのサイトでは、「土用の丑の日」日付一覧(2019-2079年)
下の表は、その一部を引用したものです。

 

 

平賀 源内(ひらが げんない)と佐久間象山(さくましょうざん)

なぜか、同じ時期に活躍した人たちと思っていたのですが、かなり離れていますね。

平賀源内

平賀 源内(ひらが げんない、享保13年(1728年) – 安永8年12月18日(1780年1月24日))は、江戸時代中頃の人物。本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家として知られる。

佐久間象山

あまりにも、あの日曜TVドラマ、JIN -仁- 2(完結編)に登場する佐久間象山(市村正親)の印象が強すぎて、‥
「もしお前のやったことが意に沿わぬことであったら、 神は容赦なくお前のやったことを取り消す。」

佐久間象山(さくま しょうざん(ぞうざん)) 1811年3月22日~1864年8月12日
江戸時代後期の松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家。通称は修理(しゅり)、諱は国忠(くにただ)、のちに啓(ひらき)、字は子迪(してき)、後に子明(しめい)と称した。位階は贈正四位。象山神社の祭神。象山神社の隣が生家で、長野県の史跡に指定されている。松代三山の一人。

 

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