安岡正篤

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さむらい 安岡正篤一日一言10月16日

さむらい さむらいとは、より偉大なるものへの敬侍である。 この偉大なるものに敬侍し、没我になって生きるところに、 功利の世界、物質の生活から、忽然として道徳の世界、 精神の生活に転生することが...
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創造的人物 安岡正篤一日一言 10月15日

創造的人物 創造的人物は所謂知識階級からは出ない。 野人は実際の人生に生地(きじ)でぶつかる。 そこに強味がある。 *安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言 ...
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感 動 安岡正篤一日一言10月14日

感 動 無感動な人間ほどつまらぬものはない。よく世間で、 あいつは熱がないとか、いっこうに張り合いがないと 言うが、電気が伝わらないような人間は、実際つまらない。 よくある無内容な人間になると、せ...
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人間は性情の良し悪し 安岡正篤一日一言10月13日

人間は性情の良し悪し 情緒の潤滑油が乏しいせいで、知性も軋(きし)んで 円通しない。この頃は話のわからぬ人間がふえたようである。 しがない者はしばらく置いて、ちゃんとした指導的立場 にある...
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事業は徳業なり 安岡正篤一日一言10月12日

事業は徳業なり 事業というのは、要するに人である。 したがって、本当の事業は、事業でなくて 「徳業」なのだ。会社の幹部になって事業を 経営する人の人格、その気分、思想などが自然に 集...
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患難に素しては 安岡正篤一日一言10月11日

患難に素しては 「患難(かんなん)に素(そ)しては患難に行なう」 ──病気をすると、辛いことは辛い。 しかし、またその病気の中に無限の意味もあり、 効用もある。快楽もある。 ...
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内発の力(2) 安岡正篤一日一言 10月10日

内発の力(2) 親鸞にしても道元にしてもみなそうである。 何も別段新しいものを拾ったのではない。 国民の中から一人でも多く大覚者、志士、仁人が 出て真剣にものを考え、行動することである。 ...
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内発の力(1) 安岡正篤一日一言10月9日

内発の力(1) 思想とか信念とか信仰とかいうものは他から 与えられたものでは駄目で、個人の魂、個人の 人格を通じて発してくるものでなければならない。 どんな立派な理論信仰でも、それが自分の中を ...
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母の徳(2) 安岡正篤一日一言10月8日

母の徳(2) 母は人間における造物主の権化ではないか。 誠に母の徳こそは「玄(げん)の又玄(またげん)」 なるものであって、婦人は根本において必ずよき妻たり 母たる人でなければならぬ。婦人にい...
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母の徳(1) 安岡正篤一日一言10月7日

母の徳(1) 世に母の徳ほど尊く懐しいものはあるまい。 母は子を生み、子を育て、子を教え、苦しみを 厭(いと)わず、与えて報(を思わず、子と共に憂え、 子と共に喜び、我あるを知らぬ。夫に添...